10月16日(金)
ペーソス+私+マネージャーのguts、4人組は、東京駅から昼過ぎの新幹線のぞみに乗って、新大阪駅へ着いたのは3時少し前。ゆるやかにホームへ滑り込んでいくのぞみの車窓から見えたのは、人なつこい笑顔。今回のツアーを企画してくださった、あべのぼるさんが、自らホームまで出迎えに来てくださったのです。「よう来たなぁ。車を用意してるから」と、案内されて高架下の路上へ。「おぉい、こっちやで〜!」とあべさんが手を挙げて呼んだワゴン車を運転しているのは、福岡風太さんではありませんか! 「風太はな、高田渡さんが亡くなったときに禁酒したから、運転手に最適やで。呑まへんから、夜中まで運転させられるしな」とあべさん。春一番コンサートの二枚看板、大阪ミュージックシーンのドン二人が、ペーソスごときを手厚く歓迎でございます。いきなりのコテコテや〜!
ワゴン車でペーソス一行が運ばれた先は、西成区玉出の「茶房ピエロ」さん。今夜のライブ会場です。上田正樹とサウス・トゥ・サウス、憂歌団、ディランII、大物ミュージシャンの皆さんが、若き日にたまり場としていた伝説的なお店でございます。夜のライブへ向けて営業を停止して準備中の店内では、既にGREENSの岩井さんと、音響の足立さんが、セッティング作業をしており、そこへ風太さんも加わって、飄々と働き始めました。「とりあえず、そこら座っとき」と言われて、ぼーっとタバコを一服する島本さん。岩田さんは、いつの間にか散歩へ出かけて、たこ焼きを買って帰ってきました。美味しいんだなぁ、コレが。「目に付いた店で買おうとしたら、大栗さんが『ここよりあっちの店の方が美味しい』って教えてくれたんだよ」と岩田さん。大栗さんは、古くからペーソスに協力してくださっている、島本さんのライター仲間です。近所にお住まいで、ピエロさんの常連なので、この店でライブをしたらいいと口添えしてくださったのでした。その責任感から、この日はペーソスのアテンドを買って出てくれました。
セッティングが出来て、音のチェックを終えると、お店から食事が出て、これまたウマウマ、と和んでいると、ご店主が、「控え室が無いので、ウチを使ぉてください」と、すぐ近所のご自宅へ案内してくださいました。玉出のあたりは、空襲を受けなかったので、古い町並みが良く保存されているそうです。ご店主のお住まいは、昔懐かしい路地の二階家で、奥様が亡くなって、今では一人暮らしなのだそうです。「私は、この家で、産婆で生まれましたんや」とご店主。築何年? 見た目にはそんなに古く感じないのですが、ひょっとして、戦前からここに建っているのかもしれません。「ご近所に、桂文枝師匠が住んでらして、ウチの店にも毎晩のようにお見えだったんです」とのこと。確かに、噺家さんのお住まいにぴったりの風情です。落語好きの私は、嬉しくなりました。
畳敷きの居間に上がると、お仏壇と家具調テレビが鎮座しております。懐かしいなぁ、家具調テレビ。木目の足つき、さすがにチャンネルはボタン式ですが、「リモコンがのぉなってもうてね。押しにいかなアカンのですわ。これなら、そこらに捨ててあるモンのほうが、よっぽど新しいって、人に言われますんや」いやいや、こうした風情のあるお家には、液晶やプラズマは似合いまへん。お仏壇とも、見事に調和しています。
「そんなら、本番前に迎えに来させますから、ゆっくりしててください」と、お茶を入れてくださってご主人はお店へお戻りになり、すると、すかさず島本さんが「オレ、銭湯行ってくる」と出かけてしまいました。銭湯マニアのお湯ダルマ、玉出に到着するなりお風呂屋さんの場所をリサーチしていたのです。ぼーっとしていると見せかけて、こういうことには素早いんだなぁ。
島本さんがいなくなると、今度は岩田さんが「うどん食べたいな。大阪へ来たからには、うどんだよ、うどん」と言い出しました。さっき、おにぎり2個も食べたやん!
その少し前に、たこ焼きもさんざん食べてたやん! 大栗さんが、「ウチの隣に最近出来たうどん屋が、美味しいんですよ」と火に油を注ぎ、岩田さんのうどん熱は最高潮に達して、早足で玄関へ出ていきます。「いいっすねぇ! 行きましょう行きましょう」と、それに追随するアホのマネージャーguts。岩田さんは「スマイリーも行こうよ」と言うんですが、お腹減ってないし、なにより、鍵を預かっているわけじゃないから、誰かが留守番をしなければなりません。かくて、私は、初対面の人のお宅に「独り」となってしまいました。
ともかく、お仏壇へお線香を上げて、チンチーンとお鈴を鳴らして心の中で呟きます。「不思議なご縁で、お留守番させていただいております、私、東京から参りましたスマイリー井原と申しまして、ペーソスという歌謡デュオの司会を務めます……」あぁ、寂しい。寂しいというよりも、なんか怖い。古い家、畳の居間、家具調テレビとお仏壇、お線香の香り漂う秋の宵。咳をしても一人。
数十分後、島本さんが「さっぱりしたよ」と帰ってきましたが、顔は少しもさっぱりしておりません。腰が痛いらしく、マジックテープで止める腹巻きのようなギプスをしています。大丈夫?
さらに十数分後、岩田さんたちが帰ってきました。「すごく美味しかったよ。スマイリーも来れば良かったのに、バカだなぁ」あぁ、幸せな人。二杯も食べたらしく、「腹が苦しい」と呻っています。マネージャーgutsも、「食い過ぎた〜!」とぐったり。これから本番なんですけど……。
開演時間が近づくと、あべさんと大栗さんが鍵を持って迎えに来ました。しっかり戸締まりして出かけ、お店の前でしばし待機。店内の様子を伺うと、お客様があふれております。風太さんのGoサインが出て入場すると、大きな拍手で迎えられました。こうなると、俄然、やる気が出るペーソスです。見た目にはわかりませんが、内なる闘志が燃えております。奇妙な燃焼の仕方をするので、妖しい光を放ちます。今夜は良いライブになりそうですぞ。