5/28(土)代田橋「オルメカミュージック」
奇跡のレコーディング
83歳のラッパー・坂上弘さん篇
 ペーソスが50歳を過ぎてから歌手デビューしたという事実は、かなり異色なことだと思っていましたが、世の中、上には上がいるものです。ペーソスよりも30歳年上、83歳でついに1stアルバム発表に至るという歌謡界の奇跡、坂上(さかうえ)弘さんの登場でございます!

 アルバム発売元は、我らがPヴァインレコード。レーベルメイトという関係から、ペーソスにも2曲お手伝いさせて頂けるという話が届いたのは、まだ冬の寒さの中だったというのに、結局そのままずるずると、3ヶ月を費やして曲を仕上げるわけでもなく、例のごとくほぼ一発勝負でレコーディングすることとなったのは、ま、ペーソスらしいといえば、らしいんですが……。

 皆様、「なるべく週刊スマイリー通信」第16回を覚えていらっしゃいますか? 題して「奇跡のレコーディング」。湯浅学さん率いる「幻の名盤解放同盟」の新譜に付くオマケCD収録『ニャオニャオ甘えて』と『おじさまいや?』の2曲を泥縄式にレコーディングしたのは、昨年の12/4のこと。このとき、実質的なプロデューサー役、ディレクター役、エンジニア役、キーボード演奏と八面六臂の活躍で「奇跡」を実現してくださったのは、代田橋で「オルメカミュージック」を主催する森安信夫さんでした。一青窈さんや藤井フミヤさんなどのプロデュースを手がける気鋭の音楽クリエイターが、なぜペーソスなんぞを相手にしてくれるのか!? それは、森安さんが、Pヴァインレコードのおなじみ辣腕プロモーターK氏と子供の頃からの親友だからなのでした。ま、それを不幸と思って、今回もこの難事業を引き受けて頂こうではありませんか。破格の低予算で。

 5/28(土)11:00、京王線代田橋駅からほど近い「オルメカミュージック」のある雑居ビルへ着くと、さっそく段取り通りレコーディングをテキパキと進め……られるわけがありません。段取りなど、ほとんど形になっていないんですから。課題曲は、尾崎豊さん初期の傑作『卒業』と、昭和歌謡史に残る名曲、伊藤久男さんのナンバー『イヨマンテの夜』の2曲です。

 今回は、さすがに「えーと、どんな曲だっけ?」ということはありませんでしたが、アレンジ譜があるわけではないし、頼りは「こんなふうにしようと思ってる」という岩田さんの頭の中の構想だけです。

 まず、岩田さんのギターと私のベースで、『卒業』の基礎構成を録音しました。私は、この日のためにベースラインを考えて、練習してきたんですが……やっぱりドシロウト、リズムがボロボロです。森安さんは、「そこがペーソスだから、なるべく生かして、修正しないようにしましょう」とおっしゃるんですが、聞き返すだに恥ずかしい。とにかく長い曲(6分半です!)なので、録ったものをチェックするだけでも時間がかかり、この基礎作りだけで2時間以上かかってしまいました。

 お昼ご飯もせずにやっていると、今回のレコーディングの黒幕・音楽評論家の湯浅学さんと、PヴァインレコードのIプロデューサーが、「長見順トリオ」のドラマー岡地明さんを案内して、やってきました。坂上弘さん、長見順トリオ、ペーソスの3組で初台「TheDOORS」で共演して以来、岡地さんはすっかり坂上さんのファンになってしまったそうで、今回の収録に特別参加してくださったのです。

 さっそく、椅子に段ボールを敷いて、特製ドラムセットを作り上げ、我々の作った基礎にステキなビートを重ねていきます。元のリズムが悪いので、合わせるのに苦戦されたと思いますが、飄々とこなされるのは、さすが! 岡地さんは、抜群の演奏力で評判だったロックバンド「ボ・ガンボス」のメンバーだったのですから、これまたペーソスなんぞと付き合って頂いては申し訳ないキャリアの方なのです。聞き返してチェックすると、段ボールを叩いているとは思えない、重いリズムが刻まれていました。すごいなぁ。

 なんとか『卒業』の基礎が出来上がったところで、ついに坂上弘さんご本人が登場! 『卒業』はちょっと脇へ置いておいて、『イヨマンテの夜』に取りかかろうということになりました。

『イヨマンテの夜』は、昭和25年の大ヒット曲で、もともとはラジオドラマで使われた古関裕而さん作曲のメロディーに、劇作家の菊田一夫さんがアイヌの熊祭りをモチーフにして詞をつけたものなのだそうです。シンプルな構成ながら、とてもドラマチックな曲で、スキャットのみになる部分もあり、『卒業』のように基礎構造を作って重ねていくやり方では、上手くいきそうもありません。そこで、岡地さん、岩田さん、私の3人が同時に演奏し、さらに坂上さんの歌もいっぺんに録音してみようということになりました。

 腹から出る坂上さんのハイトーンは圧巻! イイ感じで録音できたので、ここへさらに音を足していって、こちらは2時間くらいで8割程度まで出来上がりました。あとは仕上げを残すのみとなったので、今度は、『卒業』の方の歌入れにかかります。

 6分半のテノール歌唱は、83歳にはキツイのではないかと思ったのですが、こちらも腹から声が出ていて、すごくイイです。最終楽章では、オザキも声を振り絞っていましたが、坂上さんの絶唱は、さらに凄い! 湯浅さんとIプロデューサーも大満足で、「これ一発でOKにしようよ。スゴくイイよ」と頷き合っていました。歌は良いけど、バックの演奏がなぁ……。本当にCDにしてしまって、良いんですかね、これで?

 岡地さん、坂上さんと続いてお帰りになり、湯浅さんとIプロデューサーも別の現場へ行かれたので、後は、森安さんとペーソスと私だけの作業です。森安さんの親友・Kプロモーターも、熱心に見守っていてくれています……と思ったら、バナナや煎餅を食べ散らかしながら、ソファーでくつろいで、内股をボリボリかいています。「森安、ちょっと寒いねんけど、クーラー切ってくれる?」だって。今時はレッサーパンダだって立ち上がっているというのに、この無精者! でも、この男が、仕事のプロモーションだと、ビックリするほど精力的になるんだから、不思議なものです。

『卒業』には、島本さん得意のハーモニカを入れ、森安さんのシンセサイザーを重ね、ペーソス+私のコーラスを入れ、これで完成。リズムは悪いけど、なかなか良い雰囲気に仕上がりました。

『イヨマンテの夜』には、森安さんのシンセを入れ、岩田さんのエレキと私のピアニカによる装飾メロディーを入れ、ペーソス+私のコーラスを入れ、決め手の口琴を入れたのですが、これが大変。口琴というのは、ユーラシア大陸に広く分布する楽器で、外枠を口にくわえ、中心の弁を弾いて振動させ、その音を口腔内に共鳴させて鳴らすもので、アイヌにも「ムックリ」という口琴があるので、『イヨマンテの夜』にふさわしいと思って、入れてはどうかと私が提案したのです。

「ムックリ」そのものではありませんが、楽器店で金属製の口琴を買ってきたんですが……これが、上手く鳴らすのが難しい。急ごしらえで、ちゃんと共鳴しない上に弁が外枠に当たってカチカチ鳴ってしまい、さらに、小さな音を拾おうとすると、鼻息がマイクに入ってしまうのです。

 結局、森安さんのほうが上手に弾けるので、代わりにやって頂きました。この口琴の「ビヨヨヨーン」という音が神秘的なので、ぜひ皆様に聞いて頂きたいです。ともかく、こちらも最終的には、なかなか上手く仕上がったと思います。

 そんなこんなで、何とかすべての収録が済み、コンピュータ上でのマスタリング作業を経て、DATに落とすなどの全行程を終えたのが、夜中の1時。それから、森安さん、Kプロモーター、島本さん、私の4人で、方南町のお好み焼きのお店で打ち上げをして、そろそろ引き上げようと外へ出たら、すっかり夜が明けておりました。いい年こいて、大学生のサークル活動みたいですね。こんなことに付き合わせてしまって、森安さん、ごめんなさい。そして、またよろしくお願いします!

 さて、このCDの発売予定なんですが……まだ決まっていないそうです。あと5曲、収録予定曲があるそうですし。早く発売にならないかなぁ。そうしたら、記念ライブで、ペーソスが前座を務めさせて頂きますので。坂上さん、頑張ってくださいね!
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2005/06/06
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